【日本人職員に聞く】繰り返される干ばつと紛争、多重苦の東アフリカを物価高が直撃
アフリカでは一部の大都市が発展する一方、干ばつや紛争などによって、飢餓が深刻化した地域が増えています。さらにコロナ禍の経済的打撃や、ウクライナ紛争を背景とした食料価格の値上がりも、飢餓に苦しむ人を増やす原因となっています。私たちが日本からできることは何でしょうか。国連WFP東アフリカ地域局で、政府や企業との連携を担う日本人職員、富田絵理葉さんに聞きました。
「飢餓をゼロに」ビジョンへの共感を広げたい
富田さんは東アフリカ10カ国を支援する「地域局」に所属し、ケニアのナイロビで勤務しています。担当分野の「パートナーシップ」は、日本などドナー国の政府からの資金調達や、UNHCR(国連難民高等弁務官事務所)など他の国連機関とのアドボカシー(政策提言)、現地企業から技術協力を受けるなど、さまざまな組織・団体との連携をつくり出す仕事です。近年は現地のベンチャー企業や社会起業家と協働し、彼らのイノベーションやアイデアを支援に取り入れる活動もしています。
「私たちの役割は、国連WFPのビジョンに共感する仲間を増やすこと。相手の持つ資金やノウハウ、技術などを、支援を受ける人びとのために生かすのです」
パートナーシップは国連WFP内部の「チェンジメーカー」でもあると、富田さん。
「食料支援や輸送の事業担当者に対して、私たちは『あの企業の技術が役立つのでは』と外部との連携を勧めたり、国連WFPの部署同士のさらなる協働を提案します。新たな視点をもちこんだり、逆に国連WFPの新たな強みを発掘したりするなど、組織内のマインドセットを中から変えていけると感じています」
菜園を通じた啓発活動 JICAと協働
富田さんらは今年からJICAと共同で、ケニア北部の学校や家庭で、菜園づくりを通じた栄養支援に取り組んでいます。半乾燥地域で野菜へのアクセスがあまり良くないこともあり、あまり野菜を食べる習慣がないと言います。
「多くの人がバランスの取れた食生活をすることの大事さはあまり認識していません。主食はトウモロコシの粉でできたウガリ。空腹を満たすことが先立ってしまいます」
ただ富田さんは、現地の母親が「子どもに何を食べさせていいか分からない」と嘆くのを聴いたこともあります。体に良いものを食べさせたい思いはあっても、栄養の知識が不足しているのです。学校での野菜作りに取り組むのは、子どもたちの栄養状態を改善するだけでなく、生徒を通じて家庭に正しい知識を伝え、野菜を食べる習慣を根付かせるためでもあります。
「子どもが帰宅して『野菜を食べた方がいいと教わった』『学校の菜園で取れた野菜がおいしかった』などと話せば、親も『家で野菜を作ろう』と思うようになります」
菜園があれば、遠くの市場まで買い物に行かなくとも、野菜を献立に取り入れることができます。また種も必ず収穫してもらい、翌年以降も野菜を作り続けてもらいます。これによって、住民に野菜を食べる習慣を根付かせることが、活動の目的です。
「国連WFPとJICA、現地の州政府が『子どもたちを健康にしたい』という思いを共有し、コミュニティー全体の持続的な発展のために、力を合わせて活動を始められたという手ごたえを感じました」
国連WFPはまた、小規模農家の支援も実施しています。20~30人の農家をまとめるリーダーのいる「ファーマーズセンター」を通じて、農作業に関するアドバイスをするほか、「肥料がほしい」「農機具を借りたい」といった農家側の要望を受けて、肥料会社から試供品を調達するなど、企業・団体と農家の仲立ちをします。ファーマーズセンターには、どの程度の品質の作物を、いくらくらいで出荷すれば市場で売れるか、といった調査もしてもらいます。本活動にもJICAとの連携を活かし、多くの国で小規模農家支援で成果をあげているJICAのSEHPアプローチ(Smallholder Horticulture Empowerment and Promotion)を導入しています。ファーマーズセンターは、どの程度の品質の作物を、いくらくらいの値段で出荷すれば市場で売れるか、ということを調べるSHEPの市場調査研修も受けました。
「『自分の家族を養うだけの収穫があればよい』という小規模農家を支援して、将来的には生産量を増やし市場などへ出荷し、ビジネスとして利益を得てもらおうとしています」
ウクライナ紛争から波及する危機。東アフリカにも注目を
東アフリカ地域では紛争や干ばつに加え、コロナ禍の打撃からも回復途上で、人口の3割にあたる8,900万人が食料不安を抱えています。
ケニアでは通常、3~4月ごろから雨の降る季節を迎えますが「今年は誰もが『待てど暮らせど雨が降らない!』と嘆いています」と、富田さんは言います。4季連続の雨不足で、今年の雨季は少なくとも過去70年で最悪であったとされています。
ケニアのほか「アフリカの角」と呼ばれるエチオピア、ソマリア、ジブチなどでも干ばつが深刻化。700万頭の家畜が命を落としたと推計されています。さらにこの地域は黒海沿岸産の小麦の輸入比率が高いため、ウクライナ紛争をきっかけとした食料価格上昇の直撃を受けました。
富田さんによると、4月には原油の供給も不安定になり、自動車などのガソリン給油量が制限されたこともありました。ナイロビ市民の生活には欠かせないバス、タクシーなどのインフラが混乱し、バイクを使った宅配サービスも機能不全に陥ったそうです。
ナイロビの都市部はウーバータクシーやモバイルマネーが発達するなど、デジタル化も進み発展が著しい一方で、地方はインフラ整備もままならず栄養が不十分な子どもたちがたくさんいます。2020年から続く干ばつは深刻で、人びとは家畜を失い作物が育てられず、栄養状況が悪化しています。
「さらにソマリア、エチオピア、南スーダンには、紛争と飢餓という二重の苦しみを抱える人も多く、地域間の格差拡大が進んでいます。東アフリカには、食料やガソリンのわずかな値上げでも、生活に大きな打撃を受ける人がたくさんいるのです」
食料・原油高で資金がひっ迫 しわ寄せは難民に
国連WFPの活動も、原油高と食材の高騰で活動のコストが膨らみ、資金がひっ迫し始めています。特に富田さんは、難民への支援不足を懸念します。
東アフリカ地域では過去10年間で難民の数が3倍近くに膨れ上がりました。2012年には182万人でしたが、紛争や政情不安によって、現在は約500万人が難民となり、1,240万人が国内での避難を強いられています。難民の中には、20年以上難民キャンプで生活している人もたくさんいます。しかし資金不足のため、難民に対して必要なカロリーの半分程度の食料しか配れなくなってしまった地域も少なくありません。
「難民の多くは仕事も得られず、今日明日の食事を届けなければ、命をつなぐことができません。ウクライナの人びとが苦しんでいるのと同じように、東アフリカには何十年もの間、紛争や干ばつ、洪水が続いて水や食料にアクセスできない人がいることも、忘れないでほしいです」気候変動の影響で雨季に雨が降らず干ばつが広がる一方、局地的な豪雨による洪水が発生するなど、地域によってはその両方の影響を受けています。
今年8月にはチュニジアで、日本が主催するTICAD(アフリカ開発会議)が開かれます。富田さんは「アフリカ都市部の発展はめまぐるしく、TICADではインフラ投資などビジネスや開発に光が当たりがちですが、人びとの食料不安をいかに改善すべきかの議論にも焦点が当たることを期待します」とも話しました。
日本から1万キロ以上離れたケニアの人びとの飢餓や貧困を、「自分ごと」としてイメージできる日本人は少ないかもしれません。しかし富田さんは「私たちの毎日の食卓が、世界のあらゆる国々とつながっていることに、ぜひ意識を向けてほしい」と呼び掛けます。
「アフリカで農業を営む人びとが打撃を受ければ、食料の多くを輸入に頼る日本にも、必ず影響が出るはずです。彼らへの支援は、単に遠いアフリカの人を救うのではなく、日本も含め世界の持続可能な食料生産システムをつくり出すことにもつながります」
国連WFPは、「食」という人間の根源的なニーズを満たすことに加えて、子どもたちの健康や教育、女性の地位向上などさまざまな領域でも、効果を生み出し続けています。
「日本の人たちにも、アフリカの人たちと一緒になって、飢餓をゼロにする活動に取り組んでいるのだと考えてもらえたら嬉しいです」
富田 絵理葉さん
国連世界食糧計画(WFP)東アフリカ地域局パートナーシップオフィサー
米州立大を卒業後、日本のテレビ局に就職し報道記者などを務める。勤務の傍ら筑波大大学院を修了。その後国連開発計画(UNDP)駐日事務所、国連WFP日本事務所で広報担当を務め、2021年、ハーバード大で国際教育政策修士を修了。2021年1月、外務省が若手人材を国連機関に送り込むJPO制度を通じて、国連WFP東アフリカ地域局に赴任。