ウクライナ戦争が始まって一年:国連WFP国事務所代表が語る地雷、脅威、13億食分の支援
ウクライナで最も印象的なのは、その規模の大きさです。課題の大きさ、脅威の大きさ、そして国そのものの大きさです。
国連世界食糧計画(WFP)のウクライナ国事務所のマシュー・ホリングワース代表は、「私たちは毎月何日も移動に割いています」と言います。「文字通り、何日もかけて移動しています。列車や車で、ヘルソン、ミコライウ、ハルキウ、ドネツク、ザポリージャなどの前線の地域へ向かうのです。この国はとにかく広大で、今は飛行機がどこにも飛べないからです」
ウクライナは国土面積が日本の約1.6倍、ヨーロッパではロシアに次いで2番目に大きい広大な国です。ホリングワース代表はこうした移動中に、「世界の穀倉地帯」にあるウクライナで緊急食料支援を展開しなければならないという、大きな矛盾に直面するといいます。
「西から東へ移動すると、横切るのに車で1時間かかるような農場に出くわします。信じられないような肥沃な大地が広がっているんです」とオデーサから戻ったばかりのホリングワース代表は話します。
私たちは本来ここには必要ないはずなのに
しかし、昨年2月24日、ロシアによるウクライナへの本格的な侵攻が始まると、世界中の4億人を養えるほどの豊富な食料は、戦争で命を脅かされたウクライナの人びとにとって、突然、何の慰めにも役にも立たなくなりました。
国中のあらゆる人びとの生活が妨げられ、家族は愛する人を安全な場所に連れていくことに集中し、年長者も若者も国を守るために団結し、サプライチェーンは破壊され、食料システムは停止しました。
「世界で最も肥沃な国で食料支援を行っているのです。これは異常なことです。私たちは本来ここには必要ないはずなのに、ここで活動しているんです」
1年前の今日
1年前、国連WFPはウクライナに事務所を持っていませんでした。この低中所得の農業大国はもはや国連WFPの支援を必要とせず、2018年に活動が停止されました。それが侵攻からたった数日で劇変したのです。
国連WFPは、ウクライナとその周辺国での活動を再開するために迅速に動き、国際機関および現地のパートナーと協力しました。国連WFPは、数週間のうちに、ロシア軍に包囲された地域を含む100万人以上に食料と現金による支援を提供しました。
「私たちが到着したときは、まだすべてが始まったばかりでした」とホリングワース代表は話します。「恐怖そして移動の真っ只中でした。500万人が国外に脱出し、500万人が国内避難民となり、そのほとんどが女性と子どもでした」
キーウが攻撃され、ニュースを見ていた人は、ウクライナはあっという間に負けてしまうのではないかと思いました。「12ヶ月経過した今、私たちは間違っていました」
世界の飢餓への影響と黒海穀物イニシアティブ
ウクライナ戦争の影響はすぐに国外にも広まりました。食料、石油、肥料の価格が高騰し、何千キロも離れた国々の脆弱な地域に住む人びとに打撃を与えました。その数は「アフリカの角」と呼ばれるアフリカ東部だけでも2,000万人にのぼります。ウクライナは国連WFPの最大の食料供給国であり、ウクライナの港から食料が輸出できなくなったことは、国連WFPの人道支援活動にも深刻な影響を及ぼしました。
2022年7月に「黒海穀物イニシアティブ」が締結され、ウクライナの港が人道支援活動に開放されたことは希望の光を与えました。 日本政府からもソマリアへの輸送に支援をいただきました。
「このイニシアティブは非常に重要です」ホリングワース代表は言います。「開始以来、私たちはウクライナから48万トン以上の小麦を輸送し、エチオピア、イエメン、アフガニスタン、ソマリアなどでの支援活動に使われています。黒海穀物イニシアティブ全体では2,100万トンが輸出されています。この取り組みにより、世界の食料価格の高騰が緩和され、多くの人びとの生活を助けています。また、このイニシアティブはウクライナの農家が生産を継続する理由にもなっています」
これまでに13億食を提供、現在も支援継続中
今年もまた冬がやってきました。
天候の面では、今年の冬はある程度恵まれています。「何日か急激な寒さに襲われる日もありましたが、冬はマイナス20度まで下がるこの国では、もっともっとひどい状況になっていたかもしれません」
この状況下でのもう一つの明るいニュースは、国連WFPが過去12カ月間に支援した人数です。
「私たちはこれまで、食料配給と現金支援を通じて、ウクライナの人びとに13億食に相当する食料を提供しました」
国連WFPはこれまで、同国で1000万人以上を支援してきました。「この数には、同じ人を支援した際の数は含まれていません」そして、ここ数カ月は、毎月一貫して300万人を支援しています。
現在、国連WFPの支援の80%以上は、前線の近くで暮らす人々に向けられています。これらの地域では、わずかな食料が法外な値段で売られていることがよくあります。「私たちはこれらの地域への支援に力を注いでいます」とホリングワース代表は言います。
そして、提供する食料はウクライナ国内で調達されることが増えています。「前は国外からの輸入に頼っていましたが、今は85%の食料を国内で調達しています。地元の農家や小売店から購入することで、地域経済を支えています」
戦争が終わり平和になれば、私たち国連WFPはこれまで見てきたどの国よりも早く必要とされなくなるかもしれません
ウクライナの食料システムと経済基盤を前向きに強化する、この要素は重要です。「私たちがやろうとしているのは、戦争が終結した後に、できるだけ早く、この国が再び自国と世界を養える状態にすることです」これを実現するために、国連WFPは、ウクライナの国家省庁や現地機関など、自国で支援を継続できるパートナーに、可能になり次第、事業を引き継ぐことを目指しています。
現金支援を行う最大の人道支援機関として国連WFPは、これまでに200万人以上の人びとに送金やバウチャーを提供し、生活必需品の購入を支援するとともに、ウクライナ経済に4億米ドル以上を注ぎ込みました。
国連WFPの戦地での支援活動に長年携わってきたホリングワース代表は、ウクライナはこれまで見てきた他のどの国とも異なる重要な点があると言います。「世界的な食料生産国であり、低中所得国であるウクライナは、比較的早く立ち直ることができる。戦争が終わり平和になれば、私たち国連WFPはこれまで見てきたどの国よりも早く必要とされなくなるかもしれません。それはとても良いことです」
もちろん、平和の実現が重要な要件になります。
ウクライナの農地に地雷
ウクライナの畑には、地雷や戦争の残骸、不発弾が散乱しています。そして、それらは増え続けています。
「戦前は耕作地だった広大な土地が地雷の被害を受けています」とホリングワース代表は言います。「私たちは他の紛争からの学びとして、このままでは、今後数十年にわたり農家にとって大きな課題となることを知っています」
そのため国連WFPはFAOやウクライナ農業政策・食料省、スイス財団、その他のパートナー機関と協力して、地雷除去作業を支援し、同国の農業生産の4割を占める小規模農家の理解を広げる活動を行っています。
「今日、私たちは1億米ドルをかけて、少し前まで毎年4億人の人口を養うのに十分な食料を生産していた農家に食料を供給しています。一度だけ1億米ドルを投資すれば、地雷を除去し、最大10万世帯の農家が仕事を再開できる可能性があります」
民間人への脅威と世界のリーダーへの呼びかけ
現在、民間人にとっての最大の脅威は、戦争の激化です。ホリングワース代表は「正直なところ、これはすでに起こっています」と話します。「前線では、砲撃が増え、避難民が増え、市や町の破壊が進んでいます」
国連WFPは、現在支援しているコミュニティが今後数週間のうちに支援から切り離される事態をすでに想定しています。「防衛線が変わるかもしれないので、それに備えて、前線から10キロの範囲で、通常支援から切り離される可能性のある地域に食料を備蓄しています」
こうした地域の支援も心配されていますが、現在すでに手の届かないところにいる人びとへの支援はさらに深刻な問題です。
「昨年2月以来、ロシアの支配下にある地域の人びとへの支援に大きな成果を上げていないことは、誰もが心配すべきことであり、私たちが夜も眠れない理由になっています」
「2022年秋にハルキウ州とへルソン州を訪問した際に、これらの地域で大きな支援のニーズがあることがわかりました。人びとは我々の助けを必要としています」
政治的な解決策に力を注ぎ、戦争終結を呼びかけ、支援を止めないことです
もし、それらの地域での支援が許可されたなら?「国連WFPはそれらの地域の人びとに支援を届ける準備ができています。私たちは、必要な支援を提供するために必要なリーチ、実力、ノウハウ、強い意志を持っています」
ジョー・バイデン米大統領のウクライナ訪問が実現した今も、ウクライナの未来は不透明なままです。国連WFPスタッフの仕事は続いています。
世界のリーダーたちに伝えたいことは何かと問われると、ホリングワース代表はこう答えました。「簡単なことです。ウクライナの人たちと同じようなスタミナと決意を示してほしい」
「政治的な解決策に力を注ぎ、戦争終結を呼びかけ、支援を止めないことです」
国連WFPのウクライナにおける食料および現金支援は、USAID、オーストラリア、カナダ、チェコ共和国、デンマーク、欧州連合、フィンランド、フランス、ドイツ、アイスランド、アイルランド、日本、クウェート、ルクセンブルグ、ミクロネシア連邦、ノルウェー、韓国、スロバキア、スロベニア、スイス、東ティモール、国連中央緊急対応基金(UN CERF)、アラブ首長国連邦、英国、そして民間企業と個人の皆様からの惜しみないご支援により支えられています。(アルファベット順)