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アートが支える、シリア難民の希望

, WFP日本_レポート

内戦を逃れ、シリアからトルコに逃れたシリア難民。アートの技術を学ぶことで、これまでに起きた出来事を改めて考え、そして前へ進む助けとなっています。

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ハナンさんの作品「空」には、内戦により人々の生活にもたらされた混乱が表現されています。Photo: WFP/Nazire Uzen

アンカラで先日開催された難民によるアートの展覧会で、43歳のシリア人女性ハナンさんは自身の出展作品を紹介してくれました。その絵には赤い物体が不規則に描かれており、中央にはアラブ語で「空」と太字で書かれています。絵が何を意味しているのかはすぐには分かりませんが、ハナンさんは積極的に説明します。

「爆撃中は、全てが空に投げ出されました。」シリア北部の故郷の町が空爆を受けた時のことを思い返しながらハナンさんは言いました。「この絵を見るとあの時のことを思い出します。あらゆるものが滅茶苦茶になってしまったのです。」

多くのシリア人同様ハナンさんは、空から落ちてくる爆弾の連続のような内戦を経験しました。ハナンさんは、家や家財、時には人が爆撃で吹き飛ばされているのを見ました。爆撃が止んでも、元の位置に戻っていたものは何も無いように感じました。

彼女の絵、「空」には、本来は空中にないものが、星や月と共に上下逆さまになったりしながら散らばっています。音楽テープや、子どもたちが作った折り紙の船、魚すらあります。これらはハナンさんにとっては個人的に大切なものなのです。

しかしハナンさんはこの絵が必ずしもネガティブな意味を持つ訳ではないと言います。星や月は静けさの中の安定の象徴であり、美しさとはかなさの両面を持つ蝶も散りばめられています。「これは空の絵ですが、私は一方向のみから見ている訳ではありません。この絵は私に、悲しみよりも希望を与えてくれます。」

「空」は、2018年12月にアンカラとイスタンブールで開かれた展覧会で取り上げられた作品の一つです。展覧会では、スクリーン印刷、パッチワーク、リノ印刷という3つのアート技術に関する基礎トレーニングを受けた、ハナンさんと11人のシリア人女性が制作した作品に注目が集められました。

これらの作品には、シリアでの内戦を逃れた時のことや、隣国トルコでの難民としての体験が捉えられています。一人で3人の子どもを養わなければならないハナンさんにとって、国連WFPがトルコ赤新月社およびトルコ政府との協力のもとEUからの支援を得て実施する「ESSNプログラム」という現金支援は、トルコでの足がかりを作る助けになりました。その支援でハナンさんは、食料、家賃、公共料金などの費用を補填することができました。

シリアでの混沌や恐怖から、トルコでの安定や希望といった変化は、ハナンさんの別の作品でも見ることができます。それは彼女がパッチワーク技術を使って作ったドア~変化の力強いシンボル~をイメージした作品です。

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暗さを背景にした鮮やかな色のドア:より良い未来への変化の象徴。Photo: WFP/Nazire Uzen

「私が使った色には意味があります」と彼女は言います。「背景色は黒です。それは私たちが過去に直面した暗い日々を意味します。その上にはより明るい色を置きました。」ドア板を表す一番上の布地は、鮮やかなピンク色で、ハナンさんのお気に入りの色です。「これは将来が良くなるという印です」と彼女は言います。

トルコには約400万人の難民がいます。そのうち最も弱い立場に置かれた人々 — 約150万 — は、ESSNプログラムの支援を受けています。ESSNプログラムが始まってからの2年間で、生活がままならなかった難民たちは確実に尊厳のある生活を送ることができるようになりました。ハナンさんのように、トラウマから一歩を踏み出し始めた人もいます。

我が家への想い

トルコでの暮らしは比較的安定しているにもかかわらず、多くの難民はシリアに残してきた家に郷愁の念を感じています。ほとんどの人は、安全になればその家に戻りたいと言っています。当然のことながら、難民が「家」の意味について自問自答するにつれて、家のイメージが彼らの作品に頻繁に現れてきます。

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アートのクラスは、難民の女性たちがトラウマ体験を癒す一助になりました。Photo: WFP/Nazire Uzen

全てがはるかに簡単に思えた頃への強い郷愁もあります。ハナンさんの絵画のひとつに、黄色いジャスミンの花が描かれているものがあります。「それは私がまだ幼かった頃、母が私を公園に連れて行ってくれた時のことを思い出させます。公園に向かう途中で黄色い花が生えていたので、私はいつもそれらを摘んでいました。美しい思い出です!」

2014年に紛争が故郷を襲った時、ハナンさんは幼い息子たちを連れてトルコに逃げました。持ってくることができたのは、わずかな衣類だけでした。一方、成人した娘2人は、夫と共にヨルダンに逃げました。

ハナンさんの最大の希望は、いつの日か家族全員で一緒に、できればシリアで暮らすことです。ハナンさんに"希望"から連想する色を尋ねると、郷愁を帯びた表情で躊躇せずに答えました。「黄色です。少女時代に公園の近くで摘んだジャスミンの色です。」