【日本人職員に聞く】厳しい気候、地震、女性の権利制限・・苦しみ重なるアフガニスタン。支援は女性たちの命綱
厳しい気候、多発する災害の中で、苦しい生活を余儀なくされているアフガニスタンの人びと。2021年のタリバンによる政権掌握以来、女性や少女の権利の制限も深刻化しています。この地に国連WFPの財務官として赴任している日本人職員の山脇晃明さんは「国連WFPの支援は、特に弱い立場にある女性たちの命綱です」と話しました。
タリバンによる政権掌握直後に赴任 金融インフラの混乱の中で支援
山脇さんがアフガニスタンに着任したのは、タリバンによる政権掌握直後の2021年9月。当時は国際社会による制裁に伴い現地の金融インフラが機能不全に陥り、国連WFPの国際スタッフも国外への一時退避を余儀なくされるなど、国全体が混乱していました。
山脇さんの主な仕事は、支援食料の買い付けや現地スタッフの給与などに必要なお金を管理し、相手に支払うといったお金のやり取りが中心です。しかし赴任当初はこのやり取りが全く機能せず、支払いが相手先の口座へ届かなかったり、金融機関に振り込んだはずのお金が返金されてきたりしました。
「財務の業務はうまく行って当たり前のようで、お金の流れが滞ると組織の活動においてさまざまな悪影響が出ます。経済が混乱しているアフガニスタンは、過去に赴任した国に比べて業務の難易度が高く、だからこそやりがいもあります」
過去には支払いの件で、一部の取引業者から「大幅な遅れが続く場合はタリバンに報告する」などと言われたこともありました。しかし山積したトラブルを一つひとつ解決することで、組織内外の信頼も少しずつ得られるようになりました。「現地のスタッフは優秀で責任感も強い人が多いので、仕事を進めやすかったのが救いでした。一緒に大変な時期を乗り越えて『コウメイと一緒に仕事ができてよかった』と言ってもらえた時は、努力が報われた思いでした」
当時に比べれば状況は改善したものの、現在も金融システムは正常化したとは言えません。しかし山脇さんは同僚たちに「こんな時だからこそ、やれることを精一杯やろう」と伝えています。
「国連WFPは金融取引を通じて、支援を求める人びとへ食料を届けるだけでなく、提携するNGOや現地の食品業者、輸送業者などへのお金の流れを生み出しています。活動を継続することは、停滞しがちな現地経済を回すことにもつながるのです」
厳しい気候に地震が追い打ち テントで寒さに震える人も
山脇さんは財務という数字相手の仕事の中でも、現場に関する業務レポートなどには目を通し、「自分の仕事は苦しんでいる人びとにつながっている、という意識を常に持つようにしています」と話します。治安が安定してきた昨年は支援現場に出張し、連携しているNGOの事務所なども訪れました。現地では「8年勤務しているが、外国人スタッフがここまで来たのは初めて」と驚かれたことも。また出張の際に飛行機から見えた国土は、砂漠地帯や乾燥地域が目立ち、自然環境の厳しさも、改めて実感させられたと言います。
「同じ国でも、ある地域では干ばつが、別の地域では洪水が起きることもありますし、夏は40度を超える高温になる地方もあれば、冬はマイナス20度以下に冷え込む地域もある。乾燥のため土に保水力がなく、少し雨が降ると鉄砲水のように川が増水することもあります」
さらに昨年8月には西部ヘラートで大地震が発生し、いくつもの村全体が丸ごと埋まるなど甚大な被害を受けました。「地震の少ない地域で、レンガ積みの耐震性の低い建物が多かったこと、発生が昼前で多くの女性や子どもが在宅だったことから、被害が広がりました」
国連WFPは地震の直後から、栄養強化ビスケットの配布や食料の現物支援などを続けています。しかし厳しい冬を迎えても復興は道半ばで、多くの人が寒さに震えながら暮らしています。また、タリバンの支配下で、女子中等教育や高等教育が禁止され、大部分の非政府組織での就労が禁じられました。長距離移動の際は男性親族の付き添いが必要になったほか、美容院も営業停止になるなど、女性に対する制限が強まっています。国連WFPは刺繍やじゅうたんづくりなどの職業訓練を通じて、弱い立場の女性たちのエンパワーメントにも力を入れています。ただ文化的な経緯により男性のスタッフが女性と接触するのは難しいため、女性をサポートするには女性スタッフが不可欠です。このため国連WFPは、就業が制限される中でも女性の雇用を続けています。また国連WFPアフガニスタン国事務所の代表も、2代続けて女性が務めています。
「生まれた環境に男尊女卑的な文化が浸透していたら、住民もそれに染まってしまいます。要職を担う女性、支援現場で活躍する女性たちの姿を見てもらい、こうした価値観を少しでも払しょくすることも、国連機関の大事な役割です」と、山脇さんは説明します。
笑顔で生きるのが処世術 日本人への親近感
治安の悪化しているアフガニスタンでは、外国人職員は原則として業務以外の外出を制限されています。山脇さんは国連職員が滞在する集合施設で暮らし、敷地内をランニングするのが日課とのこと。「現地の人と業務外で接する機会は残念ながら少ないのですが、車に乗っていると路上の人が微笑んで挨拶してくれますし、出張先でも優しく受け入れてくれて、外からの来客を歓迎する文化が感じられます」
オフィスにも、現地スタッフのジョークや笑い話が飛び交い、前向きな国民性がうかがえると言います。「タリバンの支配、長らく続いた紛争や内戦、厳しい自然条件の中で生きてきた彼らは、困難な状況の中でも喜びを見つけるのが上手。笑って生きることは一つの処世術なのだと感じます」
アフガニスタンでは2022年、人口の約60%に当たる2,300万人が国連WFPの支援を受けていました。活動の中心は緊急食料支援ですが、母子栄養支援や、住民に灌漑施設やインフラの整備を担ってもらい、対価として食料または現金を配布する自立支援も行っています。しかしその後、深刻な資金不足のため1,000万人分の支援を打ち切らざるを得ませんでした。山脇さんは「時期をずらしたり、届ける食料の量を変えたりして、なるべく多くの人に必要なものが行きわたるよう努力しています」と話しますが、それでも必要な人の2人に1人にしか支援を届けられていないのが現状です。
そのような中、日本政府と国連WFPは昨年10月、地震の被災者に対して追加支援を実施しました。山脇さんは「支援物資の中に『People from Japan(日本からの支援)』と書かれた米や小麦の袋を見つけたこともあります。日本の皆さまのご支援があってこそ、活動が成り立つのだと心から思いました」と、感謝の言葉を口にしました。現地では、灌漑設備の整備や医療支援に取り組んだ中村哲医師が慕われており、母国である日本に親近感や良いイメージを持つ人もたくさんいます。また同じアジアの国として緑茶を好んで飲み、家の中では靴を脱ぐ習慣もあり、遠い国のようで親しみを感じるところも多々あります。
「アフガニスタンの人びとは、厳しい自然と地政学的なリスクのある国に偶然生まれたがために、苦しい生活を強いられています。現地の人びとの苦しみにお心をお寄せいただき、ぜひ継続的なご支援をいただければと思います」
山脇 晃明
大学時代、フランスに1年留学。大学卒業後、フランスの大学院で会計・経営学を修めた後日本で民間企業に4年間勤務。2010年、若手人材を国際機関へ派遣する外務省のJPO制度で国連WFPに入職。ローマ本部、西アフリカのギニアの国事務所、国連UNHCR(ナイジェリア)への出向、アジア太平洋地域事務所(バンコク)などを経て、2021年からアフガニスタンに赴任。