【日本人職員に聞く】支援からの「卒業」を目指して 給食がもたらす「目に見えない価値」とは
国連WFPがネパールで学校給食支援を始めて25年が過ぎ、2024年には、学校給食事業を完全に政府に移管する「支援からの卒業」が予定されています。
前ネパール事務所プログラム統括、前川直樹さんへのインタビュー中編は、学校給食支援が、ネパールの社会で果たしてきた役割について聞きました。
給食は、子どもたちに教育と自信をもたらす
前川さんたちが、ネパールの集落で支援活動をしていた時のこと。啓発のための印刷物を配ると、受け取った親の多くが、もどかしさや困惑の表情を浮かべました。
「ネパールでは、親世代の識字率は半分程度です。親たちは『自分は教育を受けていない、字が読めない』というコンプレックスを感じていたんです」
学校給食支援が実施されてから、ネパールの就学率は急速に伸びました。給食によって子どものお腹が満たされ、昼食分の家計負担も軽くなるので、親が子どもを学校に送り出すようになったのです。
「給食を通じて学びの機会を得ることは、子どもたちに『自分は字が読める、勉強が分かる』という自信を与えて気持ちを前向きにするという、目には見えない価値もある、と実感しています」と、前川さん。
新型コロナウイルスの感染拡大では、感染予防の啓発ポスターを掲示しても、字が読めない大人たちにうまく伝わらないという問題がありました。この時、国連WFPが給食支援と併せて続けてきた衛生指導も、感染拡大防止に大きな役割を果たしたと、前川さんは指摘します。
「子どもたちが、学校で『食事の前やトイレの後に手を洗うと病気を防げるんだよ』などと習ったことを家族に伝え、字の読めない大人たちにも手洗いの大切さや衛生に関する知識を広めてくれたのです」
早すぎる結婚を減らし、差別意識の解消にもつながる
支援からの「卒業」が見えてきたとはいえ、ネパールの社会にはまだ、多くの課題が残されています。
中でも深刻なのは、多くの女の子たちが10代で早婚を強いられ、幼すぎる妊娠や出産による事故も多発していることです。
「最近はコロナ禍で失業した親が、口減らしのため10代の娘を結婚させる動きもあると報道されています」と、前川さんは心配そうに話します。
国連WFPは、初等教育8年(日本の中学2年生に相当)まで給食支給を延ばすよう、政府に働きかけ、先ごろ纏められた国の教育セクター10か年計画に初めて盛り込まれました。
「学校に行っている間は、親の結婚に関する圧力もあまり強くありません。女子の就学期間が延びれば、結婚年齢もその分遅くなり、出産に伴う事故のリスクも減るのではないか、と期待しています」
もう一つの課題は、根強く残るカースト制度です。
「地元の国連やNGO職員にすら、カーストにこだわる人がたくさんいます。因習に拘る親戚や親が差別意識を持ち、子どもの職業選択や結婚にも影響を与えるなど、社会の構造的な問題となっています」
学校でさまざまなカーストの子どもたちが、給食を共にする体験は「子どもたちに『人間はみんな平等』だと意識づける効果が大きいと思います」と、前川さんは力を込めました。
給食への投資が、就学期間を1年延ばす
ネパール政府は、2024年に国連WFPの学校給食支援を「卒業」し、初等教育課程の子ども約280万人分に給食を提供する計画を打ち出しています。
「途上国で、ネパールのように学校給食の予算を増やす国はまれです。給食が就学率の向上に貢献してきたことと、地産地消を通じて学校保健や地域農業の振興に資する可能性など、教育以外の分野でも給食を活用しよう、という政府の機運が高まったことが、追い風になりました」
国連WFPの調査では、ネパールで子どもの学校給食に1人当たり1米ドルを投資すると、平均約5米ドルの経済効果を生む、という費用対効果分析の結果が出ています。
「就学期間が延びるほど高等教育に進む確率が高まり、能力の開発が進みます。それによって就業機会や生産性が向上することで生活水準も上がり、健康寿命も延びます。
ネパールでは学校給食によって、平均で約1年子どもの就学期間が延びると試算されています。今後、中等・高等教育へと進む子どもが増えれば、人的資本の開発が進み、投資効果もさらに上がるでしょう」
政府予算による全国での学校給食が急速に拡大する中、国連WFPが目下、力を入れているのは、子どもたちに確実に給食が提供されているかどうかを検証する「モニタリング」の仕組みづくりです。
たとえば、1000人以上の子どもが在籍する学校では、政府から支給される給食の予算規模も大きくなります。そのため、不正や汚職を防ぎ、子どもたちのためにお金が使われているかを、確認することが不可欠です。
従来は、国連WFPやNGOのスタッフと政府職員が分担して、直接学校を訪問して確認していましたが、3万を超える学校を効果的にモニタリングする方法が模索されています。
「日本のテクノロジーや民間企業のイノベーションを活用して、アクセスの難しい遠隔地やインターネット環境が整備されていない地域でも、リモートで確実にモニタリングできる仕組みを作れないか、と引き続き議論が行われています。実際に導入できれば、今後国連WFPがネパールで行う技術協力の柱になるでしょう」
「学校給食支援は子どもたちの人生、ひいては国の未来への投資」だと、前川さんは言います。
インタビューの後編では、前川さんのこれまでのキャリアや、支援にかける思いなどを聞きます。