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人生を変えた学校給食―オリンピック・マラソン銀メダリストポール・テルガト

オリンピックのマラソン銀メダリストでケニアオリンピック委員会会長のポール・テルガトさんは国連WFPの学校給食を食べて育ちました。学校給食こそが可能性を見つけ、ケニアの貧困家庭からマラソンで世界の頂点を目指す鍵となったと振り返ります。
, By Megumi Iizuka
Photo: WFP/Francesco Broli
Photo: WFP/Francesco Broli

オリンピックのマラソン銀メダリストで世界記録樹立者であるポール・テルガトさん(52)はケニアの半乾燥地帯にあるリフト渓谷のバリンゴ郡という、干ばつに見舞われやすい地域で育ちました。幼いころ飢餓を経験したテルガトさんは国連WFPの学校給食こそが、後に最も偉大な長距離ランナーの一人となる才能を見い出す機会を与えてくれたと言います。

 

「17人の子どもがいる家庭で育ちました。基本的なもの、食べ物などを手に入れるのは大変でした。私が生まれた地域は岩の多い丘陵地で家族を支えるための小さな家畜を育てる以外農業はほとんどできませんでした。」ケニアオリンピック委員会の会長であり、長年にわたって国連WFPを支援してきたテルガトさんは子ども時代を振り返りました。



少年のころ毎朝お腹を空かせて目を覚ましましたが、家には食べる物も料理できるものもなかったといいます。育った地域では学校に行くことができない子どももいましたが、1977年、テルガトさんが8歳の時、国連WFPの学校給食が始まり、すべてが変わったと言います。

 

ポールテルガトさん。少年時代通っていたリウォ小学校で。Photo: WFP/Wendy Stone
ポールテルガトさん。少年時代通っていたリウォ小学校で。Photo: WFP/Wendy Stone

 

「学校に行くようになったときはとても嬉しかったです。誰も取り残されたくなかったので、服を着替えて急いで学校へ向かいました。給食には豆やトウモロコシを混ぜたものがあってとてもおいしかったです。忘れられません。40年、50年たった今でも学校給食の記憶は鮮明です。家では食べたことがなかったのでどんなものだったか、どれだけおいしかったかよく覚えています。」

 

学校給食はリウォ小学校へ3マイル走って、また家へ戻ってくるためのエネルギーとなりました。そこからテルガトさんのアスリートとしてのキャリアが始まったのです。マラソン選手としてはテルガトさんは1996年のアトランタオリンピック、2000年のシドニーオリンピックで2度、銀メダルを手にしました。2003年にはベルリンマラソンで世界記録を樹立。彼の最も有名なレースである2005年のニューヨークシティマラソンでは、ゴール前の全力疾走で前回優勝者を3分の1秒という僅差で上回り、多くの人の記憶に残りました。

 

Photo: WFP/Edward Parsons
Photo: WFP/Edward Parsons

 

「学校に通う子どもが増え、子どもたちはより長い時間授業を受け、勉強し、集中し、授業に貢献することができただけではなく、楽しみ、より活発にお互い触れ合うことができました。」

 

「今の私があるのは本当に学校給食プログラムのおかげです。単に食事を食べることだけではなく、強い人間になることができました。」学校給食はテルガトさんが教育を受け、様々な立場でリーダーとして活躍する基盤になったと言います。テルガトさんは、ケニアのオリンピック委員会の会長や国際オリンピック委員会のメンバーを務めるほか、恵まれない子どもを支援する慈善団体、ポール・テルガト財団を設立する など各方面でリーダーシップを発揮しています。

Photo: WFP
Photo: WFP

 

「国連WFPの学校給食で私の人生は変わったのです。何百とは言わないまでも何千もの若い人たちの人生を同じように変えてきたはずです。それは現在でも国内、海外ともに続けられているのです。これを私たちは大切にしていかなければいけません。」

 

テルガトさんは学校給食プログラムは元同級生にも影響を与えたと続けます。「多くのクラスメートは今ケニアの様々な経済の分野で働き、国を支えています。ケニアの大使となって世界の色々な場所で国を代表している人たちもいます。」

 

テルガトさんが卒業して以来ケニアの学校給食プログラムは年月とともに発展を重ねてきました。現在ではケニア政府のすべての人に教育を与えるとのコミットメントの下、自国政府の資金によって給食が提供されています。

 

国連WFPは引き続き技術支援や能力開発支援に深く関わっています。例えば2020年には2200人以上の政府関係者に対して学校給食の記録をデジタル化する支援を行い、新型コロナウイルスのパンデミックで学校が閉鎖された際の持ち帰り給食の支援を行いました。こうした活動によって子どもたちが学び、成長するために必要なエネルギーと栄養が確実に取れるようになりました。

Photo: WFP/Francesco Broli
Photo: WFP/Francesco Broli

 

「教育は極めて重要です。すべての人が教育を受けられるようにするべきです。」そのためには子どもたちが学校に行き、勉強を続けるためのやる気を高める学校給食は鍵であると言います。

 

「たとえ大学に行かなかったとしても読み書き、計算を可能にする基礎教育はとても重要です。母親ならどの薬を子どもに与えるべきか読むことができます。父親ならいくつの家畜を売ってどれだけのお金をもらうべきかわかるようになるのですから。」

 

「私たちの父、祖父は賢く、知恵がありました。でも学校へは行かなかった。家畜を売ったりするときなど商人は騙したりすることができたのです。」

 

学校給食を「ゲーム・チェンジャー(大変革)」と呼ぶテルガトさんは自身の名声を生かして国連WFPの学校給食の重要性を伝え、支援を呼び掛け、すべての子どもたちが食べることができ、教育を受け、夢を追いかける機会が得られるように活動しています。

 

「すべての子どもたちはその内に可能性を秘めています。支援の手を差し伸べることができれば才能を見い出し、将来にわたってそれを伸ばし、世界をより良い場所へと変えることができるのです。」

 

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