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日本の支援が南スーダンの子どもたちを救う
, WFP日本_レポート

国連WFPの日本人職員、三澤康志が、南スーダンの食糧支援を振り返ります。2014年当時、南スーダンでは、国内で勃発した紛争を逃れたたくさんの市民が国連施設敷地内に急激に流入し、食糧不足・衛生状態悪化などのため、たくさんの子どもたちが栄養不良で亡くなりました。三澤は、状況改善のために奮闘しました。

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日本からの支援物資を受け取る南スーダンの避難民©WFP/George Fominyen

*現地のビデオメッセージを、こちらからご覧いただけます。

ボル、ジョングレイ州(南スーダン)発-食糧配給中に女性たちが栄養強化食品の箱を受け取るために目の前を通り過ぎていきます。それを見ながら、国連WFPのボル地方事務所長・三澤康志は2014年1月ごろを思い出していました。この世界一新しい南スーダンという国で、ちょうど内戦が始まったばかりの頃です。

その当時、南スーダン各地に紛争が広がり、三澤のいるボルでも2万人もの人々が保護を求めて国連平和維持部隊の基地内に逃れてきました。敷地内の保健衛生機能はそのような大規模な人々の流入に対応しておらず、子どもたちの栄養不良率も急速に悪化していました。 「あの頃は、たくさんの子どもたちの遺体を埋葬しました」三澤は鮮明に覚えています。「とても悲しい思いでした。そして、人道支援団体が集まって、ボルで子どもが死んでいくのを止めるのを、最大優先事項にしたのです。」

国中を飲み込みつつあった紛争の只中にあって、現場の人道支援関係者は、人々が苦しみ、死んでいくのを食い止めるべく活動を開始しました。やるべきことは、衛生状態を改善すること、安全な水を提供すること、基礎教育を受けられるようにすること、そして食糧の配給と栄養状態改善のための支援を行うことです。

「食糧支援はもちろん重要でしたが、栄養不良を食い止めるためには、栄養強化補助食品の支援も不可欠でした。」と三澤は説明します。

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「スーパーシリアル・プラス」を手にする三澤 ©WFP/George Fominyen

三澤は、ボル地方事務所長として、紛争で分断されたジョングレイ州全体の支援活動を管轄していました。治安悪化による職員の退避や、支援食糧の盗難などの困難に直面しながらも、三澤を含む、一握りの現場に残った国連WFPの職員は「スーパーシリアル・プラス」と呼ばれる、高カロリー・高タンパクの栄養強化食品を5歳以下の子どもたちすべてに配給するために奮闘しました。栄養不良を未然に防ぐために、配給時点の栄養状態にかかわらず、すべての子どもたちが配給対象となりました。

「1ヶ月間必死に支援にあたって、ボルの市民保護区での子どもの死亡件数がゼロになったときは、みんなでお祝いをしました。すごくいい思い出ですね。」大きくにっこりと笑いながら三澤は言います。

現在、ボルの市民保護区に残っている国内避難民の数は2,500人ほどに減りましたが、国連WFPは各地からの支援をうけ、これらの人々に食糧と栄養強化補助食品の配給を続けています。

市民保護区内にとどまっている人たちは、保護区を出れば命の危険があると恐れており、国連WFPの食糧配給に頼るほかない状況にあります。三澤は、国連WFPの栄養強化食品は、このような家族の子どもたちの栄養状態を安定させるために必要不可欠だと考えています。

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国連WFPからの食糧配給を受け取り笑顔を見せる避難民の女性 ©WFP/George Fominyen

2015年、日本政府は国連WFPに328万ドル(当時の為替レートで約3.9億円)の支援を提供しました。この支援は、南スーダンの紛争地帯の子どもたちの栄養不良を治療したり、栄養不良を予防したりするために使われています。ボルの市民保護区で配給されている栄養強化食品は、この支援の一部なのです。

「日本政府からのご支援には、本当に感謝しています。このご支援のおかげで、5歳以下の子どもたちの栄養状態が改善できます。」と、三澤は改めて日本の支援に感謝の言葉を述べました。