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2022年パキスタン洪水の被災者の生活再建を支援(欧州連合からの支援)

仮設住宅に住む女性は国連WFPの支援を受け、一針一針、生活を紡いでいます
, Anam Abbas
洪水ですべてを失ったフサンさんはドレスを縫うことで収入を得ることができています。Photo: WFP/Anam Abbas
洪水ですべてを失ったフサンさんはドレスを縫うことで収入を得ることができています。Photo: WFP/Anam Abbas

フサンさんは、パキスタン南部のシンド州の村の中心部に2部屋の頑丈な家を構え、息子たちや義理の娘たちや孫と一緒に暮らしていました。

1年半前、パキスタンは近年まれに見る洪水(英語のサイトへジャンプします)に見舞われ、生活が一変しました。家だけでなく、平穏な生活まで奪われました。

「40世帯が生活していたこの一帯は洪水で全滅しました」とフサンさんは話します。「家も財産もすべて失いました。私は自分の命以外、洪水から何も守ることができませんでした」

フサンさんはEUが支援する国連WFPの現金支援受け、その一部をミシンの購入に充てることができました。Photo:  WFP/Anam Abbas
フサンさんはEUが支援する国連WFPの現金支援受け、その一部をミシンの購入に充てることができました。Photo:  WFP/Anam Abbas

洪水の後、一家は政府の仮設住宅に入居しました。4ヶ月後、洪水の水が引き、フサンさんの家族はなんとか村に帰りました。ほとんどすべてのものが流されてしまった中で、仮設テントを立てて生活しています。テントでの暮らしは1年以上になりました。

「テント生活は不便です」とフサンさん。「ちゃんとした台所もありません。その場しのぎの洗面所を使うしかなく、今使っている水も飲用ではないため、遠くから運んでこなければなりません」

パキスタン洪水では1,700人以上が命を失い、3,300万人が被災しました。インダス川流域の中央に位置するシンド州は、最も被害が甚大で、損失および被害の7割近くを占めました。

シンド州マティアリ近郊の村に住むシャビランさん(右)は、現金支援によって刺繍の事業に投資することができました。 Photo: WFP/Anam Abbas
シンド州マティアリ近郊の村に住むシャビランさん(右)は、現金支援によって刺繍の事業に投資することができました。 Photo: WFP/Anam Abbas

洪水の被害を受けた地域では、国内で続く経済の不透明感や栄養危機もあいまって、1年半が経過した今でも人道支援が求められています。2022年の洪水により、およそ1,180万人が現在も総合的食料安全保障レベル分類(IPC)による「危機」またはそれ以上の食料不安に直面しています。


フサンさんの故郷、ジャムショロでは、2022年8月に国連WFPによる緊急食料支援対策として食料配給が始まりました。

その後、洪水の被害が最も大きかった地域では、ライフラインとして現金支援も導入されました。これは、1日2食分の食費をまかなうことができ、少ないながら残りを医療費などの重要なニーズに充てられる金額でした。

アラー・バチャイさんは夫とともにシンド州マティアリで野菜の移動販売を営んでいますが、店舗を持つことを目指し、欧州委員会市民保護・人道支援総局(ECHO)から支給された現金をもとに、節約をしています。 Photo: WFP/Anam Abbas
アラー・バチャイさんは夫とともにシンド州マティアリで野菜の移動販売を営んでいますが、店舗を持つことを目指し、欧州委員会市民保護・人道支援総局(ECHO)から支給された現金をもとに、節約をしています。 Photo: WFP/Anam Abbas

2023年6月、国連WFPは欧州連合からの人道支援金により、シンド州の7地区の被災者が生活に必要な最低限のものをまかなえるよう、一人あたり約88米ドルの多用途に使える現金支援を行いました。

フサンさんのように、なんとかこの状況を切り抜けようとしようとしている多くの人にとって、国連WFPの現金による支援は収入を生む事業を始める元手にもなっています。

フサンさんは、食費や医療費をまかない、現金支援の一部をミシンの購入に充てることができ、今はミシンを使って生活費を稼ぎ、家族が再び自立できるよう支えています。

「一日に2、3着の服を縫い、1着当たり300ルピー(1米ドル)を稼ぐことができます」とフサンさんは話します。

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