【日本人職員に聞く】 食料配給削減の不安で岐路に立たされるバングラデシュ・コックスバザール。支援に頼らなければ生きていけない
本川 南海子 さん
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2017年、ミャンマー北部のラカイン州に住むロヒンギャ族が激しい迫害を逃れ、国境を越えてバングラデシュのコックスバザールに避難してまもなく7年。国連WFPはバングラデシュ政府や国際団体と協力し、長期化する難民のキャンプ生活や、その影響を受けている地元住民への支援を行っています。難民・住民の双方にとって持続可能な食料システムを構築し、「飢餓ゼロ」の実現を目指しています。現地でプログラムを担当する日本人職員、本川南海子さんに聞きました。
100万人のロヒンギャ難民を擁する世界最大のキャンプ
私は2018年からコックスバザールの支援に携わっています。現在は難民キャンプの環境保全や、食料の生産・加工から消費者に届けるまでの食料システムを通じて地元住民の自立を支援するなど、中長期的な活動に従事しています。具体的には、支援団体やバングラデシュ行政、各国政府との連絡・調整をはじめ、予算執行、事業進捗管理など、プログラムの運営・管理に係る業務を日々行っています。
2017年、コックスバザールに難民の流入が急増したため、難民登録のための施設、仮設住宅や道路・給水といったインフラの整備、物資の配給など、大勢の難民を受け入れるべく急速に支援が進められました。給水所や物資の配給場所では長蛇の列ができ、順番を待つ人びとが至るところで見かけられました。また、国際機関や国際NGOの他、国内外の様々な団体や個人の方が物資の配給や現金支給を行っていたため、バングラデシュ政府と協力し、支援の全体調整を行いました。
しばらくすると主要な道はレンガで舗装され、剥き出しだった斜面には木々が植樹され、一面茶色だったキャンプは緑に覆われるようになりました。子どもたちの教育の場として、学習センターが設置され、教育システムも導入されました。今では世界最大の難民キャンプとして、その周辺地域を含めた生活水準の維持、改善に取り組んでいます。
長期化するキャンプ生活 懸念される難民と地元住民間の緊張
しかし、難民のキャンプ生活が長期化し、帰還の見通しが立たない中、難民を支える難しさは増しています。もともとバングラデシュは失業率が高く、コックスバザールは国内でも経済基盤が弱いエリアで、地元の貧困層や住民の生活を守るためにも、難民の定住につながりかねない就労支援や高等教育などは厳しく制限されています。難民キャンプと地元住民の生活圏は非常に近く、道路を挟んだ一方にキャンプがあり、反対側に地元住民の住居や市場があります。しかしながら、キャンプ周辺には有刺鉄線や検問所があり、難民は自由にキャンプから出ることはできません。生活のすべてを支援に頼らざるを得ず、人びとの不安は高まっていると感じます。こうした状況が続くと、食料を確保するために児童婚や人身売買、武装集団への参加などが誘発され、治安の悪化を招くことが危惧されます。
命を脅かす災害とも隣り合わせです。キャンプ内は竹の骨組みに防水シートを張った簡易な住居が密集しており、大規模な火災が発生すると甚大な被害が出ることもあります。2023年3月の火災では15,000人が被害を受けました。台風や大雨による冠水や土砂崩れなども毎年のようにあります。衛生状態も決して良いとは言えません。
一方で、地元住民の生活にも深刻な影響が出ています。難民が急増したことで、農地や農業用水が慢性的に不足しており、農業を収入源とする住民に大きな影響を及ぼしています。小規模・零細農家が多く、生産性や多様性を十分に向上させたり、市場へのアクセスを整備したりするための技能・技術も不足しています。滞在が長期化する中で、難民と住民の間に緊張が広がっており、難民を受け入れることの難しさを強く感じています。困難な状況を改善するには、双方の生活を支援し、地域全体の安定と開発を模索することが重要だと考えています。
資金不足による食料配給削減 難民の人びとの自助を促す
2023年は深刻な資金不足により、1人あたりの毎月の食料配給額を12米ドルから8米ドルまで削減せざるを得ませんでした。それまでも物価の変動に応じた食料支援の品目や配給額の変動はありましたが、それと関係なく削減するのは初めてのことでした。
バングラデシュの主食はお米で、魚や野菜、豆のカレーなどを副菜とするのが一般的です。12米ドルではこうした生活に必要な最低限の食材を購入できましたが、8米ドルでは極わずかなものしか買えません。キャンプ内では栄養不良も蔓延しており、子どもの発育不良や、妊娠・授乳中の女性の貧血の増加が懸念されています。自ら生計を立てていく手段がほとんどない中で、この支援削減が及ぼす影響は非常に大きく、生活の苦しさからキャンプ外や他国へ逃れようとする難民も後を絶ちません。
キャンプ内では家庭菜園や淡水魚の養殖など、限られた敷地と資源を活用して、特に女性や高齢者、障がい者など、最も弱い立場にある人びとの自助を促し、栄養不良や食料不足の改善を図っています。
また、地元農家から生産物を集約し、キャンプ内の食料品店に生鮮食品(おもにタンパク源)を流通させる「マーケットリンケージ」と呼ばれる活動も行っています。
日本の皆さまからのご寄付を含むバングラデシュへのご支援により、今年から食料配給額は10米ドルにまで戻りました。しかし、ロヒンギャ難民に対する国際社会の関心は低下しており、メディア報道も減少していると感じています。厳しい状況が続いており、継続的な支援を必要としています。
日本の皆さまへのメッセージ
これまで難民キャンプで活動してきた中で、特に心に残っているエピソードがあります。
一つ目は、難民キャンプでお産に立ち会った時のことです。過酷な環境のキャンプ内に小さな産声が響き、その時のお母さんの優しい笑顔が忘れられません。私は新しい命への希望と同時に、その赤ちゃんには国籍がなく、厳しい環境の中で成長していかざるを得ないことへのやるせなさも感じました。
二つ目は、スーダン出身の同僚のことです。彼は難民キャンプで国連WFPの食料支援を受けて育ち、今は私たちと一緒にロヒンギャ難民と地元住民のために働いています。昨年、スーダンの内戦により彼の両親はウガンダへ避難しました。そのような状況の中でも、いつもと変わらず優しい笑顔で仕事に励んでいる姿を見て、人道支援に従事する者として深い尊敬の念を抱きました。
難民キャンプしか知らない子どもたちも、命がけで避難して暮らし続けている人びとも、ごはんを食べては元気になる姿を目の当たりにしてきました。今、紛争や災害で食べ物を得られず、飢餓に苦しんでいる人へ、生きる力を取り戻すための食料を何としても届けたいのです。どうか皆さまのお力をお貸しくださいますよう、心よりお願い申し上げます。
本川 南海子
農業と農村開発を学び、NGO職員としてインドで有機農業支援に携わる。その後、JICA青年海外協力隊に参加し、ネパールでの活動を経てNGO駐在員としてミャンマー、バングラデシュで国内避難民及び難民支援に関わる。外務省のJPO制度で国連世界食糧計画(WFP)のバングラデシュ事務所に赴任し、2022年4月より国連WFPの正規職員として現職。