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サイクロン・イダイに襲われたモザンビークの復興

, WFP日本_レポート

3月に嵐と洪水がモザンビークを襲い1,200人の人命が失われ、多くの家族が住む場所を奪われました。現在、支援は人々が希望を取り戻す手助けとなっています。

ラファエル・タラサンチ

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ムチュアの移住地域では、人々は生活を立て直すために新たな土地を受け取ります。写真:WFP/Rafael Tarasantchi

サイクロン・イダイが上陸してから1カ月後にモザンビークを訪れました。1,300人の命と多くの人の命を奪ったイダイはアフリカで記録されたサイクロンの中ではもっとも大きなものの1つです。モザンビークはアフリカ大陸の南東部に位置するインド洋に面した国です。沿岸部にあるベイラの町から車で悪路に揺られること3時間で、グアラグアラの移住地域に到着しました。復活祭の朝です。何人もの男性が国連WFPのトラックから食料を下ろし、仮設の倉庫にしまっていました。

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国連WFPの物資が復活祭の当日にグアラグアラの移住地域に届きました。写真:WFP/Rafael Tarasantchi
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写真:WFP/Rafael Tarasantchi

女性が朝食用に熱々のパパ(トウモロコシの粉で作った砂糖たっぷりのおかゆ)をかき混ぜていました。私は立ち止まって様子を眺め、見物人に話しかけました。マリア・ジョアンはグアラグアラに昨日着いたばかりです。テントの間を歩きながら話をしました。

マリア・ジョアンはトウモロコシとコメを育てる農家です。洪水によって家、作物、および家財道具はすべて流されてしまいました。ベイラの避難所で過ごしてからグアラグアラに移動してきました。洪水が発生しない地域の土地を供与すると政府が人々に約束したからです。

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筆者のラファエルとドライバーのマジャウア、食料管理官のラウル(グアラグアラにて)。写真:WFP Photo library

新しい生活をゼロから始めるのは難しいと考えているものの、マリアの決意は固いです。「ただ家族を養うために畑を耕し食料を栽培したいのです」と言います。

ほとんどの学校が避難所になってしまったため、マリアの2人の子どものベニルド(15歳)とグラッサ(11歳)はサイクロン以降、授業がありません。マリアは「子どもたちはノートと鉛筆を持っているので、何も忘れないよう復習しています」と言います。

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マリア・ジョアンの子どもたちはサイクロンの被害にあってから学校に行っていません。写真:WFP/Rafael Tarasantchi

居住地に連なるテントの間を歩きます。サイクロンの被害者に与えられる、この土地には建物が建設される予定です。見るべきものはあまりありません。倒木をまたいで歩くと、植生の間に区画割のための杭が見えます。数日後には消防士が植物を切り払い始め、被災者が移住を始められるでしょう。

食料引換券

5月にムトゥア移住地域を訪れました。ベイラから45分ほど離れています。イダイから2カ月が経ち、人々は最後の食料の現物支給を受けています。各家族の長は次の支援段階である、店舗で使える食料引換券を得るための登録手続きをしています。

人々は国連WFPの支援カードの登録手続きをするために大きなテントの外に並んでいます。登録すると15日分のコメ、豆および植物油の配給を得ることができます。次回からは、地元の店舗で好みの食料を得ることができる食料引換券を受け取ります。状況が改善し、市場の機能が回復する中で、引換券の利用は地元経済の回復を促します。

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テレーザと息子のフェルナンドは国連WFPから食料を受け取るために列に並んでいます。まもなく食料支援は食料引換券の形に変わります。写真:WFP/Rafael Tarasantchi

登録および配給所から数メートル離れた場所で女性が床に座って近場の湖で捕った魚を売っています。マリア・ホアキムは31歳で子どもが2人います。彼女は家族の稼ぎ手で130世帯が住むムトゥアに暮らしています。

彼女の話は他の多くと似ているものの、彼女は2回も移住をしなければなりませんでした。年初にサイクロン・デズモンドで家を追われ、次にはイダイによって、ベイラにあった仮の居住地から移動させられました。マリアは受け取った土地で農業を始めたいと考えています。しかし必要な道具は持っていません。

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土地を得たマリア・ホアキムは農具を買うお金を得るために魚を売っています。写真:WFP/Rafael Tarasantchi

「2人の子どもは授業を受けられるよう、学年度が終わるまでベイラにいる友人に預けました」とマリアは言います。彼女は次の学年度には、子どもたちがムトゥアの新しい家から学校に通えるように願っています。ただし、家も学校もまだ建設されていません。

生活の再建

イダイが直撃してから3カ月後にマンドゥルズィ移住センターを歩いていると、これらの地域が村に変化している様子が見られます。区画が整理され、学校、警察署、医療センターの建設が始まっています。

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写真:WFP/Rafael Tarasantchi
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国連WFPの食料引換券は災害後に村が形成される中、秩序を回復するのに役立っています。写真:WFP/Rafael Tarasantchi

ここにいる人々は、何もかもやり直さないといけません。新しい土地で、新しい家を建て、新しい人間関係の中で新たな活動に挑まなければなりません。多くの人は家、生活、愛する人、文書に加え、自分が誰であるのかという感覚も失ったと言います。

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切り拓かれる前の区画割されたグアラグアラの土地。写真:WFP/Rafael Tarasantchi
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移住した家族が住むマンドゥルズィの区画割された土地。写真:WFP/Rafael Tarasantchi

しかし、カストロ・アントニオは違います。遠くから彼を見かけたとき、戸外でミシンを前に2人の男性とおしゃべりをしていました。職業が何かは一目でわかります。カプラナ(伝統的なモザンビークのプリント生地)でできたシャツに最後の仕上げを加えています。

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マンドゥルズィで仕立て屋を営むカストロ・アントニオ。写真: WFP/Rafael Tarasantchi

イダイの後、彼もまたすべてを失いました。しかし、2週間前にいとこから古いミシンを入手することができました。すぐに仕事を再開し、服を縫って販売しています。

国連WFPの食料引換券があるためカストロと家族は地元の店で食料を得ることができます。でも、彼は仕事を軌道に乗せて、支援を得る状態から抜け出したいと考えています。

「まだ商いは低調だが服を作っていることを知ってもらうことが重要なんだ」と彼は言います。

サイクロン・イダイによってマリア・ジョアン、マリア・ホアキム、カストロ・アントニオを含む多くの人々の人生が覆されました。しかし、混乱を経て落ち着いてきた中で、慎重になりながらも楽観的に将来を見つめています。

国連WFPは災害直後には、すぐに食べられる食品を提供し、その後は主食の支給を行いました。また、状況が変化するにつれ支援を食料引換券の提供に変えてきました。緊急支援段階が終了した今、国連WFPは影響を受けた人々が生活を再建できるよう、引き続き支援を行います。

モザンビークで国連WFPが人々の生活再建を支援できるようにご協力ください。

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