キルギスタン:現金給付で障がいのあるタクシー運転手の生活を後押し

埃っぽい路地から出て、キルギスのカダムジャイの町の混雑した主要道路に車を走らせながら、ニャズベック・サリバイさんは左右を見てから大きな声で言いました。「私は昔から車が好きで、運転するのも大好きでした。タクシーのハンドルを握っていると、いろいろな人に会えます。だからこの仕事が好きなんです。」
キルギス共和国の最南端、旧シルクロードの近くで、5人の父親である彼の生活は3年前に一変しました。国連WFPから1,200米ドルを受け取り、古い車を手放してタクシー事業を運営するための新しい車を購入したのです。
「私は子どもたちに十分な教育を与えることができるんだ」
サリバイさんは、小規模ビジネスの運営方法や、仕事で得たお金の管理方法も学びました。1日の収入が11米ドルに達すると、車のメンテナンスや修理代のために貯金するようになりました。
これらはすべて、2021年に国連WFPがキルギス政府と立ち上げたパイロットプロジェクトのおかげです。このプロジェクトでは、貧困ライン以下の生活を送る100世帯に、経済活動に従事するための現金給付を行いました。タクシー事業の起業以外にも、家畜飼育、溶接、パン屋、縫製サービスなどの持続可能な職業が含まれていました。
この共同プロジェクトは大成功を収め、翌年には3,000世帯に、2023年には10,000世帯に急速に拡大しました。現在では完全に政府資金で賄われているこのプログラムにより、今年度は20,000世帯の生活が改善される予定です。

この内陸の中央アジアの国では、生計を立てる方法を見つけるのは日々の課題です。特にサリバイさんのような人にとっては、手の奇形という障がいのために、雇用主が仕事の機会を与えないこともあります。「あちこちで少し農作業をしたり、レンタカーを借りて客を乗せたりしていました」と彼は言いますが、レンタカーの場合は売上の半分しか彼は受け取れないと言います。
現在、サリバイさんはもはや国の生活保護を必要としておらず、地域社会における彼の地位も向上しています。彼はほぼ毎日、顧客を車で南西部の賑やかな都市キジルキヤまで乗せていきます。
ソビエト連邦時代には、人口約5万人のこの町は国の鉱業の中心地であり、近隣のウズベキスタンやタジキスタンからも労働者が集まりました。今日では、この町の産業の黄金時代は過去のものとなり、失業率は上昇し、何千人もの人びとが貧困に追い込まれています。3人に1人は1日1ドル程度で生活しています。
物価上昇により、多くの家庭は食料難に陥っています。全国的に、人口の10%以上が深刻な食料不安に陥っています。
サリバイさんにとって国連WFPの支援は、より良い新しい生活への足がかりでした。どんな天候でも、彼はカダムジャイの主要市場近くの広場に集まるタクシー運転手仲間の列に加わり、次の乗客を待ちます。システムは効率よく機能していて、運転手たちは互いに足を引っ張らないよう、交代で地区の異なる場所をカバーし、全員に十分な仕事が確保されるようにしています。

「ニャズベックは今とても幸せなんです。彼の人生は大きく変わりました。」とサリバイさんの同僚で幼なじみのヤクシバイ・リスバエフさんは言います。
サリバイさんの最大の喜びは「子どもたちに十分な教育を受けさせることができる」ことだと話します。今彼は、家族を養うのに何の困難もありません。
「仕事を終えると、食べ物を買って家に帰ります。肉を買ってくれと言われれば肉を買い、バターを買ってくれと頼まれればバターを買います。必要な食料を手に入れて家に帰れるのは素晴らしいことです。」
サリバイさんは、つらい日々を忘れてはいません。「自分よりも貧しく、恵まれない人たちが道を歩いているのを見ると、料金を取らずに乗せてあげます」と彼は言います。