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エクアドル:目の前で崩れ落ちた我が家
, WFP日本_レポート

エクアドル地震を経験したスージー・リンコネスさんは、地面が揺れ始めたときの恐怖の瞬間-目の前で彼女の家が崩れ落ち、それを無力にも眺めることしかできなかったときのことを語ってくれました。

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©Diario Comercio Ecuador

4月16日土曜日の夜、地面の揺れを感じはじめた時、スージーさんはムイスネという町にある自宅のハンモックでくつろいでいました。 少なくともこの地震により400人が命を落とし、何千もの人々が支援を必要とする深刻な状態に陥りました。 エスメラルダスの国連WFP事務所で働くスージーは、死ぬかもしれないと思った恐怖の瞬間を振り返ります。そして彼女は今、被災した人々の支援活動に取り組んでいます。

「私がいま感じていることを一言で説明するとすれば、『無力』だということです。私は家が火事になったり、洪水が押し寄せたりするかもしれないと予想できましたが、家が目の前で崩れ落ちるとは想像もしませんでした。その夜、2回の地震があり、一番大きな地震は夜7時頃のことでした。私はオレンジとグァバの木の間にかけられたハンモックの上でくつろいでいて、夜が更けて蚊が出てきたので家の中に入ってテレビを見ながらおやつでも食べようかと考えているところでした。

無力感

その時履いていた私のズボンには、いくつかボタンが付いていて、揺れを感じて走り出そうとした時にボタンがハンモックに引っかかり、立ち上がることができませんでした。木々の枝が地震で大きく揺れてひしめき、動くことができず、無力でした。倒れる木の下敷きにはなりたくありませんでした。 ようやく抜け出すことができた時、空き地へ走ったのですが、そこで私の叫び声は枯れてしまいました。私は家の前でショックで打ちひしがれました。自分の家が目の前で崩れ落ちてしまったのです。私は深い悲しみに包まれました。もしかしたら家の中で死んでいたかもしれません。私のベッドの上に壁が落ちたので、その時そこにいたら…。

私の家は大通りから25メートルほど離れていて、二人の若い女性が揺れの中こちらに向かってくるのが見えました。彼女たちは崩れ落ちそうな建物の前で立ち止まりました。私は彼女たちを大急ぎで建物の前から離れさせ、落ち着かせるのに必死だったので、自分のことは気にかける暇もありませんでした。 家に戻った時、何が起きたのか理解できませんでした。とてもショックでした。何分か経ってようやく私は何が起こったのかを理解しました。夫を探すために道路に出た時、他の家々が崩壊しているのに気づきました。彼は店にいるはずでしたが、いませんでした。私の頭に彼の死が過りました。でも、彼は無事だったのです。神様、ありがとう。

余震

地震があった夜、私たちは家のがれきの中からマットレスを引っ張り出して、木の下で横になりました。余震が続いたので、がれきが落ちてくるのが怖かったのです。 停電していて、私たちは眠ることができませんでした。何もかもが暗闇で、幸運にも出ていた満月が私たちを照らしていました。翌日、私たちはようやく被害の状況を把握することができました。そしてわかったのです。すべてを失ったということに。その夜、私たちは母の家があるエスメラルダスへと向かいました。

緊急事態に直面し、この地震による苦しみや命の損失を痛感しています。 もう私自身のこと-これからどうしようかとか、どこに住もうかはどうでもいいのです。私は家を失くしたという事実について考えたくないのです。」

国連WFPの食糧支援

国連WFPはエクアドル政府の要請を受け、地震によって深刻な被害を受けた8千人のための食糧支援を積んだ輸送車両を配備しました。緊急の食糧はすでに配給可能な状態にありました。エルニーニョの被害が広がる中で、備蓄食糧として準備されていたのです。

「困難な状況の中、食糧が届くということは被災した皆様にとって大きな力となります。」 と、エクアドルの国連WFP代表キュナン・パクは語りました。

エクアドルで被災した人々を支えるため、皆様のご支援をよろしくお願いします。