【WFP日本事務所・津村康博代表に聞く】 飢餓人口増えるアフリカ、干ばつや洪水、紛争に苦しむ人々に「共感の心を」
急性飢餓の国が集中 気候変動と紛争が要因に
国連が毎年発表している「世界の食料安全保障と栄養の現状(SOFI)」によると、2010年代半ばに一時、6億人を下回った飢餓人口は2023年、最大約7億5,700万人と高止まりし、特にアフリカで増加が続いています。
「アフリカ諸国は本来、土壌が豊かで鉱物資源などの埋蔵量も多く、農作物や鉱物の輸出を通じて他の国を豊かにする力があります。それにもかかわらず、さまざまな要因から、多くの国で貧困や食料不足が深刻化しています」
零細農家が多いなどの構造的な要因から農作物の生産性が低く、コメや小麦などの主食を輸入に頼る国が少なくありません。このため国外での食料価格の高騰や、国際関係の悪化による輸送路の寸断などの影響を受けやすく、コロナ禍やウクライナ戦争でも大きな打撃を受けました。
さらに近年は、主に紛争や自然災害など突発的な要因によって、急性の食料不足も深刻化しています。2025年6月に発表した「飢餓のホットスポット」も、スーダンや南スーダン、コンゴ民主共和国、ナイジェリア、チャド、ソマリアなどアフリカに集中しています。
「アフリカは政府のガバナンスが不十分で災害対応が脆弱な国が多く、水や土地を巡る紛争が起きやすいのです。内戦から逃れた人が土地を放棄して難民となり、農地がさらに荒廃して内戦を泥沼化させる悪循環も生まれています」
例えばスーダンでは、2023年に勃発した内戦の影響で、人口の半数を超える2,460万人が深刻な飢餓状態にあると推定され、飢きんも起きています。紛争を逃れて多くの国民が隣国の南スーダンなどに逃れ、不安定な生活を強いられています。
南スーダンやコンゴ民主共和国、ナイジェリアも武力衝突によって膨大な難民が生まれています。さらにマリやブルキナファソといったサハラ砂漠の南にある国々は、砂漠化の脅威にさらされている上に、干ばつと洪水が頻発し、武装勢力が活動するなど治安も不安定化しています。
「南部アフリカでも干ばつが起きて、保護動物のゾウやキリンが食用に回されている地域があります。ほとんどの国が何らかの形で苦境に陥っているのです」
困難な中でも食料を届ける 支援が不要になる日をめざして
WFPはアフリカにある54カ国中、44か国で支援を行っています。しかしコンゴ民主共和国やナイジェリアでは、戦闘が激化し活動を中断せざるを得ない事態も起きています。
「治安が悪化した地域は食料を届けるのが難しいだけでなく、せっかく運んだ食料が略奪されてしまうこともあります。また支援地域は首都から離れた奥地が多い。道路事情が悪く大雨で不通になったり、通信インフラが未整備で機器が機能しなかったりすることもしばしばです」
こうした困難の中、食料を必要としている住民確定し、その人たちへ着実に届けるためのコストも上昇しており、資金難の中での支援を一層難しくしています。
WFPの現地職員は、食料を渡すだけでなく農作物の収穫量を増やすための環境整備なども進めています。例えば前任地のガンビアでは、気候変動対策に力を注ぎました。
ガンビアは国土が細長く平坦で、中心をガンビア川が流れています。地球温暖化によって海面が上昇し、海水が川を遡行して塩害が深刻化しています。環境の変化で農牧地や水資源が乏しくなり、争いが起きて住民が土地を去ることで、さらに荒廃している村もあります。またある村では、若い男性のほとんどが、欧州などへの出稼ぎで出払っていました。
WFPは塩害予防のため、堤防や排水設備の設置を支援しています。さらに女性グループのコメや野菜の栽培をサポートし、収穫物を市場で売る際も買い叩かれないよう集団で価格交渉するなどのノウハウを提供しています。
「こうした結果、現金収入の道が開けて、住民が戻り始めた村もあります。ただ住民の要望にすべて応えると、住民が支援に依存してしまいかねません。目標はあくまで現地の人々が自立し、支援を必要としなくなることです」
世界に支えられる日本の食 アフリカ諸国の信頼に応えたい
2025年夏には横浜市で「第9回アフリカ開発会議(TICAD9)」が開かれます。1993年の第1回以来、日本がTICADを主導してきた意義は大きいです。
「TICADは多くの国家元首や政府の要人が参加する、アフリカ諸国にとって非常に重要な会議です。日本が数十年にわたって深くコミットしてきたことは、ODA(政府開発援助)と合わせて、日本に対するアフリカ諸国の信頼を着実に高めてきました」
TICADの議題は時代とともに、投資や貿易を通じた経済発展へと広がるようになりました。今年の会議は先進国とアフリカ諸国、あるいは政府と民間企業が互いに力を合わせる「共創」がテーマです。ただ深刻化する飢餓に対抗するためには、政府による政策的対応や国際機関を通じた支援も引き続き求められています。
「私たちWFPをはじめとした国連機関が、各国政府に対して食料確保の取り組みを強めるよう働きかけることで、平和構築や食料安全保障のイニシアティブを取ろうとしています」
現在、世界的に内向きの傾向が強まり、人道支援に逆風が吹いています。
「日本国内にも少子化や子どもの貧困、食料価格の高騰、災害リスクへの備えといった課題が山積しています。しかしそのためにアフリカへの支援が止まってしまったら、日本がこれまで培ってきた信頼関係も、失われかねません」
食料自給率の低い日本は食料の多くを海外からの輸入しており、海外で起きているリスクは他人ごとでない、という思いからです。
「例えばいま日本に食料を輸出している国も、不作になれば自国民の食料を確保するために制限するかもしれず、国外で戦争が起きれば海外輸送が遮断されるリスクもあります。私たちの毎日の食事は、明日も変わらずにあるとは言い切れないのです」
日本では、ガザやウクライナの戦争に関する情報はある程度報道されますが、スーダンの内戦などアフリカに関するニュースは非常に少ないのが現状です。「東日本大震災では、途上国も含め多くの国が支援の手を差し伸べてくれました。アフリカの人々の苦境を、同じ人間としての共感を持ってほしい」と呼びかけました。
「海外支援が逆風に直面する中で、連帯の心を忘れず支援を続けて下さる日本の皆さんには深く敬意を表します。ぜひ国を超えて助け合う大切さを周囲の人にも伝えて、支援の輪を広げてほしいと願っています」。

