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シリア:紛争から11年、国内外で苦しむ家族

シリア国内と中東全域の家族を支援するための資金が緊急に必要です。
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Two boys collect fresh bread for their families at a bakery rehabilitated by WFP in Aleppo. Photo: WFP/Jessica Lawson
国連WFPの支援によって営業を再開したアレッポのパン屋で、家族のためにパンを受け取る2人の少年。Photo: WFP/ Jessica Lawson

過去11年間で、1,300万人以上のシリア人が母国を離れたり、国内で避難する選択を迫られました。彼らは、自分たちの家や愛する人たちのもとへ再び戻れる日が来るのだろうかと考えながら、故郷を離れていきました。

 

シリアは国連WFPの最大の緊急事態の1つであり、その規模は驚異的です。世界の全難民の4分の1はシリア人で、彼らは安全を求めて130の国々に避難をしています。

 

いつの日かシリアが、帰国できるほど平和になることを願い、多くのシリア人は周辺国にとどまることを選択しています。2021年末には、570万人以上のシリア難民がトルコ、レバノン、ヨルダン、イラク、およびエジプトで登録されています。
 

シリアに残る人びとは、かつてないほどの人道的ニーズに直面しています。ウクライナでの紛争は、すでに食料価格の高騰に苦しんでいた家族に新たな打撃を与えました。シリアの人びとが記録的なレベルの飢餓、貧困、食料危機に直面している状況下、中東地域において主食とされる小麦は、紛争の影響でウクライナの港で滞留しています。

「シリアの状況が憂慮すべきであるということは、遠回しな表現です。」と国連WFPのデビッド・ビーズリー事務局長は言います。「国際社会は、今行動しなければシリア人にとって壊滅的な未来が待ち受けていると理解しなければなりません。彼らは注目を集め、無条件の支援を受けるのに値します。」

 

避難したシリア人にとって、安全を求めるということは、家族が生活の立て直しに苦労を要するため、新たな課題に直面することを意味します。親は借金をし、子どもたちは学校をやめざるを得ず、生き残るために食事を減らすことを余儀なくされています。

 

以下は、シリアを離れた5家族の挑戦、未来への希望、そして故郷の思い出での話です。
 

イラクのムンタハとフサイン
IRQ-Syria-refugees-Muntaha-and-Hussain. Photo: WFP/Youssef Zeki Othman
ムンタハとフセインは健康上の問題を抱えており、多くの薬を服用する必要があります。そのために、借金をして薬を購入しています。WFP/Youssef Zeki Othman

「私たちはダマスカスで暮らしていました。私たちは働いていて、全てが順調でした。しかし、紛争が始まり、街は破滅に飲み込まれてしまいました。」とフセインは言います。 10人の子どもたちの父親として、彼は家族の安全を守るために、母国であるシリアを離れるという難しい決断をしなければなりませんでした。

 

一家は2013年にイラクのスレイマニヤに避難しました。彼らは未だ難民キャンプに暮らしています。

 

両親は働くことができず、食料価格が高騰するにつれて、家族の生活はますます困窮しています。「あらゆるものの値段が高い」とフセインは言います。 「特に植物油の価格が大きく上昇し、その他にも砂糖、米、さらには野菜もより高値になっています。生活がとても大変です。何か必要なものがある時には、借金をします。できる限りのことをして、1日1日をどうにか生き抜いています。」
 

レバノンのルカイヤ
Rokati uses tea to keep hunger pangs at bay. Photo: WFP/Giulio Origlia
ルカイヤはお茶を飲むことで空腹をしのいでいます。Photo:WFP / Giulio Origlia

11人の子どもたちの母親として、ルカイヤは日常的に食事を抜いています。彼女の子どもたちがパンを食べている間、彼女はお茶を飲んで空腹をしのぎます。彼女の息子のうち、2人は働いています。しかし、月にわずか7米ドルの稼ぎしかなく、油のボトルを買うことすらままなりません。レバノンの経済危機は、レバノン市民とシリア難民の両方にとって大きな足枷となっています。

 

「私の6歳の子どもは、ごみを拾い集めることで少しでもお金を稼ぎ、そのお金で鶏肉を買って食べることが夢だと話していました。」とルカイヤは言います。「1ガロンの油が現在350,000LBP(約12米ドル)もするため、鶏肉などの肉類、チーズを買う余裕はなく、食用油、パン、牛乳などの最低限のものしか買えません。」

 

家族の主な収入源は、国連WFPより支給された電子カードです。そのカードを使って、現地の提携店舗での食料品の購入や、生活に必要な最低限の基本的ニーズを満たすために現金を引き出すことができます。 「この支援でとても助かっています。」とルカイヤは言います。
 

エジプトのサメル
Samer Alian Al Zamer is a 48-year-old Syrian refugee living in Egypt, originally from Rural Damascus. Photo: WFP/Omnia Elzahar
サメルは5年前にダマスカスの農村地域を離れました。Photo:WFP/ Omnia Elzahar

サメル、彼の妻と5人の子どもたちは、5年前にダマスカスの農村地域の家を離れました。彼は現在、生計を立てるためにお茶とコーヒーを販売していますが、生活費が高騰するにつれて、これまで以上に家族を養うことが難しくなっています。一家は毎月国連WFPより食料配給を受けていますが、あくまで彼らの最低限のニーズを満たすものでしかなく、家族は想像を絶する選択を迫られています。

 

「支援を受け始めた当初、最低限度の生活をするのがやっとでした。現在、支援は受けているものの、依然として生活は苦しいです。子どもの学校の授業料を支払う余裕がなく、長男のアリは学校をやめざるをえませんでした」とサメルは言います。
 

ヨルダンのアマル
Amal lives in the camp with her six daughters. Photo: WFP/Mohammad Batah
アマルは6人の娘たちとともにキャンプで暮らしています。写真:WFP/ Mohammad Batah

2013年にアマルが6人目の娘を出産してわずか20日後、彼女と夫は家を離れ、ヨルダンのザータリ難民キャンプに身を寄せました。今でもそこに暮らしています。悲しいことに、彼女の夫は亡くなってしまいました。現在、彼女は家族の唯一の稼ぎ手として、苦しい生活の中、子育てに奔走しています。

 

「新型コロナウイルス感染症の拡大により、ここ数年で生活費は劇的に変化し、価格が急騰しました」とアマルは言います。「私の娘の一人が、ある生活必需品を買って欲しいと私にお願いをしてきた時、私は家族の基本的なニーズさえも満たしてあげられないと心が張り裂けそうな気持ちになりました。」

「私の愛する母国であるシリアに戻ることは、現時点では考えられません」と彼女は言います。 「家がなく、そこに私の家族を支える人がいなければ、私たちは生き残ることができません。この難民キャンプは私たちの唯一の選択肢です。ここでは食料、避難所、安全が確保されていて、それらは何事にも代え難いものです。」一家は、キャンプ内で必要な食料を購入するために、毎月国連WFPからの現金の給付支援に頼っています。
 

トルコのサディカ
WFP’s livelihoods activities in Turkey are helping Sadika (right) and many other refugees and Turks prepare for a brighter future. Photo: WFP
サディカ(右)は、トルコの国連WFPによる生計向上支援を受けているシリア難民やトルコ人の1人です。Photo:WFP/SinanYıldız

3人の子どもたちの母親であるサディカは、2013年に家族とともにシリアのラッカからトルコにやってきました。彼女の家族は、彼女が働くことを望んではいませんでしたが、サディカは自分が最も好きなことをするために決して諦めませんでした。

 

このプログラムへの参加は、サディカにとって多くのことを学ぶ機会となりました。今では自分に自信がつき、応用研修を行った陶磁器工場で働き始めたいと考えています。

 

子どもたちのお手本になりたいというサディカは、確固たる決意が新たな道を切り拓くことができると彼女の身をもって証明した良い例です。「私はいつも自分の目標を達成したことを姉妹に伝えています。」と彼女は言います。
 

国連WFPのシリアでの活動についてはこちら

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