新たなスタート:暴力で引き裂かれたコンゴ民主共和国北東部
コンゴ民主共和国北東部の町マバラコの小さな部屋で、カセレカさん(地元ではサディさんと呼ばれています)は国連WFPスタッフから現金支援を受けています。
彼は紙幣を丁寧に数え、きれいに折りたたんで、小さなポケットに収めました。
1カ月分の9万コンゴフラン(約45米ドル)は、家族を新しい家に住まわせ、オートバイの整備士としての仕事を再開するのに必要な道具を購入するのに十分な額です。
脚に障害を持って生まれたサディさんは、現在25歳。暴力によって逃亡を余儀なくされる前、彼は故郷のムトワンガ村で最高のオートバイ整備士として知られていました。
彼の周りでは、朝の炎天下、毎月の現金支給を求める人々が長い列を作って待っています。この壮大な景観の山岳地域では、長年にわたり反乱軍の暴力が繰り広げられ、サディさんと同じように、誰もが人生を狂わされて来ました。
コンゴ民主共和国の北キブ州は、複数の武装勢力が活動し、多くの住民が殺害されたり、移住を強いられたりしてきた地域で、地元では「死の三角地帯」と呼ばれています。
これまで国連WFPの支援は、ここ北キブ州のベニ地区で紛争の影響を受けた12万5,000世帯以上に行き渡り、食料の購入や小規模事業の立ち上げに役立っています。人々はお金の使い道を自分たちで決めています。
この資金は、紛争によって数千人が死亡し、数百万人が避難している地域に、安定をもたらします。ここ数カ月で紛争は激化し、焼けただれた家、破壊された畑、死んだ家畜、打ちひしがれた人々の生活といった長年にわたる負の遺産が増え続けています。現在、800万人以上の人々が緊急食料支援を必要としています。
「私たちがここにいるのは、人々が十分な食料を作れないからではありません」と語るのは、ゴマにある国連WFP東部事務所長のウィルフレッド・ヌクワンビさんです。「紛争と不安のために、多くの家庭が農業を営むことができないのです」。
最悪の事態を恐れて
夫であり2児の父であるサディさんにとって、この現金支援は特別なボーナスとなりました。
「この支援がなければ、反乱軍による村への攻撃で離れ離れになった妻を見つけることができなかったかもしれません」と彼は言います。
彼の記憶に永遠に刻まれたその攻撃は、2021年のある早朝に起こりました。サディさんは、マバラコの西80キロにある故郷のムトワンガ村にあるオートバイ工房にいました。
銃声が響く中、村人が叫びます。「早く、早く!反乱軍が来たぞ 」
殺戮はすでに始まっていました。
サディさんは急いで土壁で作られた自宅に向かいました。玄関のドアを開けると、学校から帰ってきた7歳の息子、ヌザンズ君が茫然自失の状態で外に立っています。
妻のカビラさんと5歳の娘のマシカちゃんの姿はありません。
「殺されないまでも、誘拐されたのではと最悪の事態を恐れました」 とサディさんはその時を振り返ります。「しかし、その瞬間、私は息子を連れて逃げるしかなかったのです」。
二人はマバラコに向かうトラックの後ろに駆け上がりました。その途中で、サディさんは妻と娘を見た人がいるかと尋ね続けました。
「家族の消息をつかむまで、私はあきらめないと自分に言い聞かせました」と彼は話します。「最初に現金支援を受けたとき、私はそのお金の一部で携帯電話の通信料を購入し、別のルートで攻撃から逃れた村の人々に電話をかけることができました。」
不確かな未来
彼は、この攻撃で多くの人命が失われ、多くの家族の生活の糧である畑や家畜が破壊されたと考えています。
しかし、一つだけ良い知らせがありました。妻と娘がムトワンガを脱出し、南西に約100キロ離れたブテンボに向かったというのです。サディさんは国連WFPの現金支援で得たお金でオートバイを借り、そこで一家は再会することができました。
「人生でこれほど安心し、幸せを感じたことはありませんでした」とサディさんは言います。
国連WFPの現金支援により、サディさんは家族のために食料を購入し、整備士としての仕事を再開したほか、マバラコ近郊に土地を借りることができました。現在、一家はキャッサバ、米、トウモロコシ、豆など、必要な作物を栽培しており、余った農作物を売却して収入につなげたいと考えています。
サディさんの妻カビラさんは、ムトワンガの攻撃の前に始めた服作りのコースを修了し、家族の収入アップにもつなげたいと考えています。
国連WFPは、サディさんのような新たなスタートを切ろうとしている人々に対して、可能な限り、必要な支援を行いたいと考えています。しかし、この地域の多くの人々は、暴力が絶えることなく、彼らの未来が不確かであることを痛感しています。