最新情報

国連WFPの支援活動の現場から、様々なストーリーをお伝えします
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学校給食
28 October 2016

ギニア:地産地消の学校給食を支える、女性農家支援

「地元で作った食べものを自分の子どもたちに食べさせられることほど、嬉しいことはありません。 」と、国連WFPの学校給食プログラムの一環で支援を受ける女性農家グループのミリムーノさんは語ります。この学校給食プログラムでは、玄米を作るための技術支援を行い、この玄米を学校給食用に買い取ることで、農家グループを支えると同時に、地産地消の学校給食を実現しています。西アフリカのギニア森林地帯で進む取り組みを紹介します。

学校給食
19 October 2016

ナミビア:飢えを防ぎ、学びを助ける学校給食

ナミビアはいま、他のアフリカ南部の国同様、この数十年で最悪レベルの干ばつに見舞われています。国民の4人に1人が、既に政府の食糧支援に頼っている状況の中、今後も更なる不作が予想されます。
国連WFPの技術支援を受けながら、現地政府が運営している学校給食プログラムは、 深刻な干ばつの被害を受けているナミビア南部の都市、マリエンタールの子どもたちにとって、 生きていくために必要不可欠な食糧を得る命綱となっています。

Food For Assets
27 September 2016

国連WFPの米増産事業がもたらした未来の可能性

シエラレオネのマシメラ郡で米作りをするウスマン・カヌさん。国連WFPの米増産事業に参加したおかげでこの2年間で収穫を倍に、そしてその収益で家を建てることができました。日本政府の支援を通じて実施されてきたこの事業は、村の農地を有効活用するためのノウハウを地元農家に伝授するものです。対象地域での米の生産量は急増し、ウスマンさんをはじめ多くの農家が豊作に恵まれました。今年の収穫期を控え、米農家はさらなる収穫量への期待に胸を膨らませます。

学校給食
27 September 2016

ガンビア:地域と共に進める学校給食プログラム

ケレワン発 –学校給食は、アフリカ・ガンビアの10万人を超える子どもやその家族にとって重要な命綱です。ガンビア北部にあるケレワン小学校では、国連WFPが毎日500人以上の子どもたちに栄養豊富な学校給食を提供しています。地域社会との協力や地域の小規模農家と学校給食プログラムをつなぐ取り組みが進んでいます。

24 August 2016

第6回アフリカ開発会議 (TICAD VI) について

1993年から日本が主導し、アフリカ連合や国連、世界銀行等と共同で開催してきた「アフリカ開発会議(略称TICAD))」の第6回目、TICAD VIが、8月27日から28日にかけケニアで開催されました。国連WFPの活動の中心地であるアフリカでの取組をご紹介します。

19 August 2016

国連WFP日本事務所 開設20周年!

1996年の今日、国連WFPの日本での活動がスタートしました。

Aid professionals
17 August 2016

「世界人道の日(8月19日)」に寄せて~シリアの現場から

シリアで活躍する国連WFPの運転手、べシェール。シリア人として母国の人々を助けたい一心で人道支援の仕事をするようになったそうです。そして、戦火の下、包囲され、支援が入れない状況にあった街に1年半ぶりに支援物資を届ける役目を与えられたべシェールは…。8月19日「世界人道の日」企画第2弾。過酷な状況下で人道支援を支えるべシェールのストーリーを紹介します。

Aid professionals
16 August 2016

「世界人道の日(8月19日)」に寄せて~南スーダンの現場から

8月19日は「世界人道の日」。現在、紛争や災害により、命をつないでいくための支援を必要としている人は、世界で1億2,500万人います。この日に先立ち、過酷な状況下で人道支援活動を支える、国連WFPの職員を紹介します。

10 August 2016

学校給食支援がオリンピックで見せる希望

アンジェリーナ・ナダイさんは、今回のオリンピックで初めて結成された10名の難民選手団のひとりです。幼い頃を過ごした北部ケニアのカクマ難民キャンプからリオ大会までの道のりを語ってくれました。

WFP Ambassadors
06 July 2016

【開催報告】 視察報告会 「竹下景子×知花くらら〜私たちにできること〜」

6月24日(金)、竹下景子国連WFP協会親善大使と、知花くらら国連WFP日本大使による、スリランカと、アフリカのマラウイの視察報告会が開催されました。当日は290名の方々が参加。知花さんから「最貧国、マラウイ ~貧困と災害に負けない力を~ 」、および竹下さんから「スリランカ復興への道のり ~26年の内戦を経て~ 」と題した視察報告があった後、2人による初めての対談「私たちにできること」が行われました。