事務局長


 

デイビッド・M・ビーズリー事務局長 略歴


40年以上にわたる公職およびビジネスにおけるキャリアの中で、デイビッド・ビーズリーは、政治、宗教、民族の境界線を越えて働き、世界中の最も脆弱な人々のために、経済的発展、人道的支援、教育、異文化・異教徒間の協力を擁護してきました。過去10年間、ビーズリーは100カ国以上の平和、和解、経済発展を促進するプロジェクトで、影響力のあるリーダーや現場のプログラム・マネージャーとともに働いてきました。エチオピアでは、在ローマの食糧関連国連機関(※注)米国政府代表部元米国大使であるトニー・ホールとともに、国内避難民の食糧へのアクセスを向上させるため慈善団体「プロジェクト・マーシー」との連携に取り組みました。

ビーズリーは、長期にわたって政治的、民族的、宗教的緊張がある地域において、経済界、政治、非政府部門の間の協力やコミュニケーションを強化する支援も行いました。2016年には、コソボで国際会議を主導し、5日間の対話にバルカン諸国から政財界のリーダー数百名を集めました。

1995年から1999年には米国サウスカロライナ州知事を務め、危機において優れた統率力を発揮しました。ハリケーン襲来の際には、襲来前から最中、事後に至るまでビーズリーのリーダーシップにより、何十万もの人々が避難することができ、また自然災害の最中および直後において最も脆弱な世帯が避難し、食糧や医療サービスの提供を受けることができました。

ビーズリーは改革の展望を示し、州の刑事司法、経済、福祉、教育などの制度見直しを行いました。測定可能な目標を設定し、成長が見込める特定産業に注力することで、州の経済を、健全かつ多様で強い市場に転換し、失業率を最低水準に抑え、民間セクターからの年間資本投資を増加させました。また、人種間関係委員会を設置し、前例のないほど多くの女性や少数派の人々を内閣や上級職に登用しました。さらに、サウスカロライナ州知事として初めて、州議会議事堂から南部連合旗を撤去することを要請。その主張が大きく影響して再選はなりませんでしたが、ジョン・F・ケネディ「勇気の人」賞が授与されました。

政治家として、ビーズリーは外交スキルに磨きをかけ、公職を去った後もそれを活用し続けてきました。彼は、紛争解決には個人の対話や人間関係が決定的に重要であると確信し、毎年30もの国々へ訪問し、コソボ、南スーダン、スーダン、チュニジア、イエメン等において会議や派遣団を主導し、平和を促進してきました。これらの訪問を通じてビーズリーは、各国の首脳や国会議員など、多くの国のリーダーと緊密な人間関係を発展させてきました。

クレムゾン大学で学士号(B.A.)とサウスカロライナ大学で法務博士(J.D.)を取得し、ハーバード大学ケネディ行政大学院で教鞭をとりました。サウスカロライナ州下院議員に初当選し、公職に就いたのは21歳の時のことでした。メアリ・ウッド・ペイン(旧姓)との間に4人の子どもがいます。

(最終更新日:2017年5月)

(注※)国連食糧農業機関(FAO)、国際農業開発基金(IFAD)、国連WFP